【全国】47都道府県名の由来・意味まとめ

都道府県名の由来・意味

知っているようで意外と知らない都道府県名の由来がこちら。

地形や土地に由来するもの、歴史的な事象に由来するもの、伝説・神話に由来するものなどルーツは様々ですが、そのほとんどが数百年の期間をかけて現在の名称へと変化していきました。

中には詳細が分からなくなっているものや経緯が複雑なものもありますが、できるだけ分かりやすく解説していきたいと思います!(※いずれの場合も諸説あります。)

【都道府県名の由来】北海道/東北地方

「北海道」の道名の由来

幕末に探検家として活躍した「松浦武四郎」が名付け親とされる。

それまでは「蝦夷地(蝦夷島)」と呼ばれていた地に日本の名称を付けることになり、候補として挙げられた「北加伊、日高見海北、東北、海島、千島」の中から「北加伊」が選ばれた。

この「北加伊」が「北海」に変更され、行政単位の「」と組み合わせて「北海道」となった。(「加伊」は蝦夷地の先住民であるアイヌ民族の自称名だったとされる。)

「蝦夷地」は「和人地」の対義語で「異民族の地」という意味があったため、日本の地名に改称することは国内・国外(特にロシア)に対して「北海道は日本に属する」ことを宣言する意味もあった。

「青森県」の県名の由来

江戸時代の弘前藩が港町を開発する際、海上からの目印になっていた青々とした小高い森を「青森」(後の青森町)と名付けたのが始まりとされる。

廃藩置県によって、弘前町に県庁を置く「弘前県」が1871年に誕生したが、そのわずか半年後に県庁が青森町へ移設されることになった。
それに際して県の名前も県庁所在地と同じ「青森」へ変更され、「青森県」が誕生した。

が発達している青森町の方が北海道との交易も行いやすく、地理的にも県の中心に位置していた点が青森町へ県庁が移設される理由になったと言われる。

「岩手県」の県名の由来

盛岡市の「三ツ石神社」(東顕寺)に伝わる「鬼の手形」伝説に由来する。

東顕寺には岩手山の大噴火によって飛んできたと言われる3つの大きな石があり、この石は「三ツ石さま」と呼ばれて村人たちの信仰を集めていた。

その頃、羅刹鬼という鬼が人里に現れるようになり、村や人々に大きな被害を与えるようになった。

それを知った三ツ石さまは鬼を石に縛り付け、二度と悪さをしないことを約束させた。
その約束の印として石に鬼の手形を残させたが、これが「岩手」という名称の語源になったと伝えられている。

「宮城県」の県名の由来

由来は諸説あるが、「多賀城」(多賀城市)や「塩釜神社」(塩釜市)にルーツを持つと考えられる。

多賀城には朝廷(宮)の地方機関である陸奥国府が置かれていたため「宮城」と呼ばれるようになったとする説や、塩釜神社を指す言葉として「宮」の文字が使われ、接尾辞の「ぎ」と合わせて「宮城」になったとする説などがある。

また、塩釜神社を指す「宮」と、多賀城の「城」を組み合わせたという説も存在する。

「秋田県」の県名の由来

歴史書『日本書紀』によると、飛鳥時代の将軍「阿倍比羅夫」が西暦658年に水軍を率いて日本海を北進した際に現在の秋田県を訪れたことが記されており、顎(アゴ)に似た地形をしていたことからその地を「齶田」(あぎた)と表現している。

その後、「齶田」は低湿地で農業に不向きな「悪田」を意味する「飽田」へ変化し、西暦730年頃には現在の「秋田」に変わっていったと考えられる。

「秋田」は藩名に採用されて「秋田藩」となり、廃藩置県でそのまま「秋田県」となった。

「山形県」の県名の由来

山の近く山のふもとといった意味を持つ「山方」に由来する。

この名称で呼ばれていた出羽村山郡山方(現在の山形市)に拠点となる城(山形城)を建てたことによって藩は「山形藩」を名乗り、明治の廃藩置県で「山形県」となったと考えられる。

「福島県」の県名の由来

「福島城」に由来する説と、「吹島」に由来する説がある。

福島城説
1413年、杉目という名で呼ばれていた地域に、当時の領主「伊達持宗」が杉目城を築いた。
伊達一族は繁栄の後に豊臣秀吉によって土地を追いやられ、1592年頃には武将「木村吉清」が杉目城へ拠点を移して新たな城主となった。

その際、木村吉清は城の名前を縁起の良いものにするため、にあやかって「福島城」と改称した。
これがきっかけとなって周囲の街も「福島」と呼ばれるようになったと考えられる。

吹島説
その昔、福島盆地は一面を水に覆われたになっており、湖の中央にある「信夫山」がのように見えていた。

信夫山には奥羽山脈から来る「吾妻おろし」と呼ばれる強い風が吹いていたことから、「吾妻おろしが吹く島」に由来する「吹島」が原型となり、現在の「福島」に変化したという説も存在する。

【都道府県名の由来】関東地方

「茨城県」の県名の由来

諸説あり詳しくは分かっていないが、植物のイバラに由来すると考えられる。

奈良時代初期の書物『常陸国風土記』によると、朝廷から現在の茨城県に派遣された武人「黒坂命」が茨棘を用いた作戦で先住の賊悪人を退けたとする説や、を用いて賊悪人から人々を守るを造ったという説が残されている。

「栃木県」の県名の由来

「トチノキ」(栃の木)がたくさん生えていたことに由来するという説や、1403年に現在の栃木市旭町に創建された「神明宮」に由来する説などが存在する。

神明宮説は、社殿屋根の装飾材である8本の「千木」(ちぎ)と2本の「鰹木」を合わせて「十千木」(とおちぎ)と呼んだことに由来するというものだが、神明宮周辺が「栃木町」(現在の栃木市)と呼ばれるようになり、そこに最初の県庁が置かれたことで「栃木県」になったと考えられている。

「群馬県」の県名の由来

「くるま」(車)が転じて「ぐんま」になったと考えられている。

およそ1300年前、現在の群馬県と栃木県を合わせた地域は「毛野国」と呼ばれていたが、毛野国を2つに分割する形で群馬県は「上毛野国」呼ばれるようになった。(栃木県は「下毛野国」)

上毛野国の中には漢字1文字「車」と呼ばれる地域が存在したが、奈良時代に入ると国名や群名を2文字に変更する「好字二字令」が出され、「車」の代わりに「群馬」の表記が用いられるようになったのが始まりとされる。

「群馬」の漢字が用いられたのは、当地にを飼育する牧場が多く存在していたことに関係していると考えられる。

「埼玉県」の県名の由来

人々に幸福をもたらす神の魂を意味する「幸魂・幸御魂」(さきみたま)が語源になったと考えられる。

名称の歴史も古く、奈良時代の書物『万葉集』の中に「前玉・佐吉多万」(さきたま)という記述が残されており、平安時代にはすでに「埼玉・佐伊太末」(さいたま)に変化していたことも記録されている。

地名の発祥地は「埼玉古墳群」周辺と考えられており、現在でもその地域の住所は「埼玉県行田市埼玉」となっている。

「千葉県」の県名の由来

「千葉」は全国的に見られる地名であり、生い茂る「たくさんの葉」を意味することが多い。

古くは『日本書紀』や『万葉集』などにも「千葉」という言葉が登場し、4世紀末の応神天皇が旅の途中で見かけた葛の群生地を「千葉の葛野」という言葉を用いて詠んだ和歌が残されている。

また、「茅」(ちがや)という植物が多く生えていたことから「茅生」(ちぶ)が転じて「千葉」になったとする説や、「豊作の地」という意味で千葉の名称が用いられたとする説も存在する。

「東京都」の都名の由来

江戸時代後期の経済学者「佐藤信淵」が日本国の世界進出に伴い、都を京都から当時の「江戸」に移すことを提唱したのが始まりとされる。

江戸は東の京を意味する「東京」に改称し、さらに大阪を「西京」、そして「京都」という三京体制にすることによって、日本の守りを強固にするというものであった。

明治維新の中心的人物「大久保利通」はこれに感銘を受けて1868年に「東京府」を設置し、「江戸」に代わって「東京」の名称が使われることになった。

「神奈川県」の県名の由来

現在の京急線「仲木戸駅」の近くを流れていた小川に由来すると言われる。

上流の水源地が不明な川という意味の「上無川」や、鉄分を含む石が多い「金川」、神奈川を開拓した朝鮮系移民が呼んでいた「韓川」が「神奈川」の語源になったとする説もあるが、これらが仲木戸駅近くを流れていた小川を指しているかは分かっていない。

江戸時代になると箱根へ続く東海道の宿場町(神奈川宿)として開発された武蔵国久良岐郡(現在の横浜市神奈川区)を中心に街は栄え、ここに神奈川奉行所が置かれることになった。

明治に入ると神奈川奉行所は廃止され、のちに神奈川県庁が置かれたことで「神奈川県」が誕生することになった。

【都道府県名の由来】中部/北陸地方

「新潟県」の県名の由来

「新潟」の「潟」は海から分離された海岸沿いの湖(潟湖)を意味するため、信濃川や阿賀野川の河口近くにできた「新しい潟湖」に由来するとも考えられているが、詳しくは分かっていない。

県の名前は県庁が設置された「新潟市」に合わせる形で「新潟県」となった。

「富山県」の県名の由来

「外山」が語源であり、室町時代に越中国の守護所が置かれた現在の射水市から見て、「呉羽山の外側」に位置する地域の名称として誕生した。(射水の東に呉羽山があり、富山はさらにその東に位置する)

また、立山連峰をはじめとした「山に富んだ地」に由来する説や、「富山寺」と呼ばれる寺の名称が次第に地名化したとする説も存在する。

江戸時代に入り「外山」は縁起の良い「富山」という漢字に改められ、明治の廃藩置県で県庁が置かれたことによって県名にも「富山」の名が採用された。

「石川県」の県名の由来

現在の石川県白山市周辺を流れる「手取川」の古い名称が「石川」であったことに由来する。

手取川は上流から多くの石が流れてくる川であったことから「石川」と呼ばれ、川の周辺地域も「石川」の名称で呼ばれるようになり、やがて「石川郡」となった。

1872年、石川郡(現在の白山市)に県庁が移設されることになり、その際に県名も「石川県」と改められた。

「福井県」の県名の由来

現在の福井城天守台の近くに残る井戸「福の井」に由来すると言われる。

福井城の築城当時の名称は「北ノ庄城」であり、周囲の地名も「北ノ庄」であった。

しかし1624年に松平忠昌が城主になると、北ノ庄の「北」という字が「敗北」を連想させて不吉であるということで、「福の井」と「福が居る場所」にあやかった「福居城」に名称を変更することになった。

福居は後に「福井」へ改称され、廃藩置県の際に県庁が置かれたことで「福井県」となった。

「山梨県」の県名の由来

「山梨」の由来については詳しく分かっていないが、平安時代の辞書『和名類聚抄』の中に「山無瀬」「夜萬奈之」として記述されており、この頃にはすでに「山梨」の原型が存在していたと考えられる。

その後、西暦713年に地名を全て漢字2文字に変更する「好字二字令」が出されたことによって「山梨」の表記が使われるようになった。

「ヤマナシ」の木が多く生えていたことに由来する、といった説も存在する。

「長野県」の県名の由来

「長野」という名称は全国的に「緩やかな傾斜の扇状地」の呼称に用いられることが多く、長野県もこれと同じ由来を持つとされる。

長野の街は古くから「善光寺」の門前町として発展してきた歴史があり、現在の長野盆地も「善光寺平」と呼ばれていた。

この善光寺平の地形が「緩やかな傾斜の扇状地」であったことから「長野」と呼ばれるようになり、その呼び名が周囲へも広まったと考えられる。

「岐阜県」の県名の由来

安土桃山時代の武将「織田信長」によって命名されたと言われる。

僧侶であり織田信長の参謀でもあった沢彦宗恩の提案を受け、「岐山」「曲阜」の2つを組み合わせて「岐阜」となった。

「岐山」は中国を統一する周王朝の礎を築いた文王が活動を開始した地であり、「曲阜」は孔子が生まれた地を指す。

織田信長は岐阜を拠点に天下統一を目指した為この名称が選ばれたと考えられるが、それ以前からすでに「岐阜」の名が使われていたとする説も存在している。

「静岡県」の県名の由来

現在の静岡市葵区にある「賤機山」(しずはたやま)に由来する。

静岡地方は古くから「府中」という名称で呼ばれていたが、府中は全国各地の「国府所在地」を意味し、特定の地域名としてはふさわしくなかった。

そこで明治政府は地名の変更を要請し、賤機山にちなんだ「静」「静城」「静岡」の候補の中から「静岡」の名称が選ばれることになった。
(賤機山の「賤」は「いやしい」という意味を持つため「静」の字に改められた)

「愛知県」の県名の由来

『万葉集』の中で高市黒人によって詠まれている和歌がルーツとされる。

「桜田へ 鶴鳴き渡る 年魚市潟(あゆちがた) 潮干にけらし 鶴鳴き渡る」

(意味)
桜田(現在の名古屋市南区元桜田町)の方向へ鶴が鳴き渡っている。
年魚市潟(あゆちがた)の潮が引いたようだ。
(干潟のエサを求めて)鶴が鳴き渡ってゆく。

この和歌に登場する「年魚市」(あゆち)が変化して「あいち」と呼ばれるようになり、後に愛知郡となった。

1871年の廃藩置県によって県庁が名古屋城内に置かれることになったが、名古屋城がある場所が「愛知郡」であったことから愛知県となった。

【都道府県名の由来】近畿地方

「三重県」の県名の由来

『古事記』によると、日本武尊(ヤマトタケル)が東国征伐を終えた帰り道に、現在の四日市にあたる場所で「わが足は三重の勾がりの如く、いと疲れたり」と詠んだことに由来を持つ。

足が三重に曲がるほど歩き疲れた、という意味であり、これによって四日市周辺が「三重」と呼ばれるようになった。

また別説として、「みえ」は「水辺」のことで、鈴鹿川の水辺地域を意味するという説も存在する。

「滋賀県」の県名の由来

石の多い地域を指す「しか」(石処)という言葉が転じたものと考えられる。

「滋賀」が県名に採用されたのは県庁が置かれた地域が「滋賀郡」だったこと由来するが、滋賀郡(現在の大津市)には「石山寺」「岩間寺」などのに関係する寺社も古くから存在する。

近代では「滋賀」という漢字が用いられるが、これは「しか・しが」という音への当て字であり、漢字に大きな意味はないと考えられる。

そのため、これまでの歴史で多くの表記が存在し、志我、斯我、四賀、志賀などが使用された記録も残っている。
2006年に大津市へ吸収合併されるまでは、2種類の「しが」を用いた「滋賀郡志賀町」が存在していた。

「京都府」の府名の由来

長らく日本の中心地であったことを意味する「京の都」に由来する。

「京」は天皇が住む場所・首都に対して古来の歴史より用いられてきた名称で、「都」もほぼ同じ意味を持つ。

平安京(京都)に京が移される以前は、平城京(奈良)が京であったため、混同しないように京都を「北京」、奈良を「南京」と呼び分ける時代もあった。

時が流れて平安京の時代が定着してくると、平安京を指す言葉として「京の都」「京都」の名称が用いられるようになっていった。

「大阪府」の府名の由来

「大阪」の由来についてははっきりと分かっていないが、浄土真宗の僧「蓮如」が1533年に大阪平野の上町台地北端の小高い丘に「石山本願寺」を建て、その地を「大坂」と呼んだのが始まりとされる。

石山本願寺が勢力を伸ばすにつれて大坂の呼び名が広まっていったが、1580年に石山本願寺が焼失すると同じ場所に「大坂城」が建てられ、その地が大坂発展の中心地になるとともに大坂の名称が定着した。

また、上町台地の先端ということから「小坂」や「尾坂」になり、それが「大坂」に変わったとする説もある。

大坂と呼ばれるようになる以前は「なにわ・なみはや」(浪速、難波、浪花、浪華)と呼ばれており、現在でも大阪の地名として残り親しまれている。

「兵庫県」の県名の由来

その名の通り「兵庫」(つわものやぐら)に由来する。

兵庫(つわものやぐら)は「武器庫」のことで、大化の改新の際に播磨国と須磨国を隔てる関所(須磨の関)に、兵の武器を収容する倉庫が置かれたことに由来すると考えられる。

兵庫津と呼ばれるようになったその地に1581年に「兵庫城」が築城され、明治の廃藩置県では兵庫城に最初の県庁が設置された。
この時の地名をとって県名も「兵庫県」となった。

「奈良県」の県名の由来

平らにすることを意味する「ならす」(均す・平す)が語源になったと考えられている。

これは奈良に存在した古都「平城京」の名称にも「平」の字で表れており、傾斜の緩やかな平坦な土地であったことを意味している。

その他にも、植物の「ナラ」(楢)に由来する説や、朝鮮語で国を意味する「ナラ」に由来するという説も存在する。

「和歌山県」の県名の由来

和歌山県北部にある名勝地「和歌の浦」に由来する。

安土桃山時代、当時は「岡山」と呼ばれていた地に羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が築城を命じ、城の南に位置す「和歌の浦」と「岡山」を組み合わせて「和歌山城」と命名した。

城の周辺地域も「和歌山」の地名で呼ばれるようになったが、古い「岡山」の地名は現在でも和歌山城近くに「和歌山県和歌山市岡山」の住所として残っている。

【都道府県名の由来】中国/四国地方

「鳥取県」の県名の由来

大和朝廷時代の職業部である「鳥取部」(ととりべ)に由来する。

鳥取部は文字通り鳥を捕まえる職人たちのことで、死者の魂を運ぶ神聖な鳥と考えられていたオオハクチョウを捕獲して朝廷に献上していた。

この鳥取部たちの領地が「鳥取郷」と呼ばれ、江戸時代に鳥取城が築城されたことで城下町として発展し、明治に県庁が置かれたことで「鳥取県」となった。

「島根県」の県名の由来

「島嶺」に由来し、のように山のが連なる島根半島の地形を表したものと考えられている。

「国引き神話」によると、島根の国土はとても狭く造成されてしまったため、八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)が他の土地の余った場所を切り取って網で引っ張り集め、島根半島を作り足したとされる。

「島根」の名称はこの八束水臣津野命によって名付けられた。

「岡山県」の県名の由来

岡山城が築城されることになった場所に小高い丘があり、その岡を「岡山」と呼んでいたことに由来する。

岡にちなんで城は「岡山城」と名付けられたが、城の周囲が城下町として発展していくにつれて

街全体も「岡山」の名称で呼ばれるようになったと考えられる。

広島県の県名の由来

広島城築城の際に「毛利輝元」によって名付けられたとされる。

毛利家の祖「大江広元」にちなんだ「広」の字と、当地の豪族「福島元長」の「島」の字を組み合わせて広島城と命名された。

また別の説として、デルタ地帯(三角州)に広がる島々によって広島の地が形成されたことに由来する説などが存在する。

「山口県」の県名の由来

「山の入り口」の意味に由来する。

この「山」は現在の山口県山口市・萩市にまたがる東鳳翩山(ひがしほうべんざん)を指し、山の入り口となっていた地域が山口町と呼ばれるようになった。

明治になると山口町(現在の山口市)に県庁が置かれ、県名も山口県となった。

また別の説として、山の縁を意味する「やまふち」を語源とする説も存在する。

「徳島県」の県名の由来

「徳島城」に由来した県名で、築城主の蜂須賀家政によって名付けられたとされる。

古くは渭津(いのつ)と呼ばれる地であったが、蜂須賀家政が城を建てる際にその土地が吉野川の中州(島)に位置していたことと、縁起の良い「徳」の文字を組み合わせて「徳島城」と命名した。

城に合わせて周囲の地域も徳島と呼ばれるようになり、現在の徳島市に県庁が置かれたことで徳島県となった。

「香川県」の県名の由来

奈良時代には「香河」の表記が見られることから、「温泉の香りのする河」(香河)や、「樺の木の香りがする河」(樺河)に由来すると考えられている。

また、夏になると水が干上がる「枯れ川」に由来する説や、平らな草原地帯を意味する「かが」に流れる「かが川」を語源とする説なども存在する。

県庁の置かれた高松市が香川郡であったことから香川県となった。

「愛媛県」の県名の由来

国生み神話に登場する女神「愛比売」(えひめ)の名に由来するもので、県名としては全国で唯一、神の名前が付けられている。

イザナギとイザナミによる国生み神話において四国は2男神・2女神の島として誕生し、伊予国(現在の愛媛県)に宿ったのが女神の一人「愛比売」とされる。

愛比売の名の由来については時代も古いため分かっていないが、廃藩置県によって県が成立する際にこの名をとって「愛媛県」と名付けられた。

「高知県」の県名の由来

土佐藩の初代藩主である山内一豊が築城した「河中山城」(こうちやまじょう)に由来する。

河中山城はその名の通り、鏡川・江ノ口川という河川に挟まれた地に築城されたが、それ故に水害が絶えることがなかった。

2代目藩主である山内忠義の時代になると、「河中」の名が水害を連想させて不吉であるとして、城は「高智山城」に改称された。

高智山城はやがて「高知城」となり、周囲の地も「高知」という地名で呼ばれるようになった。

【都道府県名の由来】九州/沖縄地方

「福岡県」の県名の由来

関ヶ原の戦い(1600年)で功績を収めた武将「黒田長政」によって築城された「福岡城」が由来になったとされる。

福岡城は那珂郡警固村福崎と呼ばれていた地(現在の福岡市中央区)に築城されることになったが、城主となる黒田家ゆかりの地である備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)の名をとって「福岡城」と命名された。

他の説として、築城された場所が那珂郡警固村福崎の丘の上であったことから、「福崎の丘」が転じて福岡になったとも言われている。

「佐賀県」の県名の由来

奈良時代の『肥前国風土記』によると、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が佐賀の地を訪れた際に大きく育ったクスノキを見て、「この地を栄の国(さかのくに)と呼ぶが良い」と言ったことに由来するとされる。

現在ではクスノキは佐賀県の県木にも指定されている。

また、同じ『肥前国風土記』に記載されている「賢女(さかしめ)伝説」を由来とする説や、満潮時に逆流する「さか川」が「佐嘉川」(現在の嘉瀬川)に転じたとする説、傾斜地の「坂」(さか)を由来とする説なども存在する。

「長崎県」の県名の由来

鎌倉時代にこの地を統治した領主一族の名前「長崎氏」に由来する。

長崎氏は現在の長崎県庁舎付近に伸びる岬を拠点としたことから「長い岬」にちなんで「長崎」を名乗ったとされるが、伊豆国(現在の静岡県)で北条氏の御家人をしていた「長崎氏」の一派であったとする説も存在する。

「熊本県」の県名の由来

「山が入り組んだところ」「川が曲がり込んだところ」を意味する「隈」の字を用いた「隈本」(くまもと)に由来し、武将「加藤清正」が熊本城を築城する際に「熊本」の表記に改めたとされる。

隈本の「隈」の字には「おそれる」といった意味もあったため、武将の拠点となる城の名前には相応しくなかった。

そこで城名は力強い「熊」の字を用いた「熊本城」となり、城下も同じく「熊本」の表記に改称されることになった。

「大分県」の県名の由来

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の父である景行天皇が大分の地を訪れた際に、大きく素晴らしい田畑が広がっているのを見て「碩田(おほきた)国」と名付けたのが始まりとされる。(「碩」は大きくて優れていることを意味する)

また別の説として、「多き田」を由来とする説や、古語で「段・刻む」を意味する「きた」の言葉を語源とした「おおきた」に由来するという説も存在し、近年ではこちらの説が有力視されている。

「宮崎県」の県名の由来

「宮前(みやさき)」が由来であり、神宮・神社の前に広がる地域を意味する。

初代天皇である神武天皇の居宮とされる「高千穂宮」(高千穂神社)があったことからこの地名が付けられたとされるが、現在の宮崎市にある「江田神社」「奈古神社」「宮崎神宮」のことを指した「宮」に由来すると考える説も存在する。

「鹿児島県」の県名の由来

鹿児島湾に位置する「桜島」の古い名称が「かご島」であったと考えられている。

「かご」には「崖」の意味があり、周囲を崖に囲まれた桜島を「かご島」と呼んだとする説や、「神籠る島」が転じて「かご島」になった説、火山の匂いがする島を意味する「嗅ぐ島」を由来とする説などが存在する。

「沖縄県」の県名の由来

「沖縄」の「おき」は海の沖合、「な」は、「わ」はが転じたもので、「沖合の魚場(漁場)」に由来すると考えられる。

沖縄県の県庁所在地である「那覇」も沖縄の「なわ」(魚場・漁場)と同じ意味と考えられる。